さわさわとしたざわめき。
どこか浮ついた、心地よい喧噪。

この感覚はキライじゃない。
純粋に、ワクワクした空気。

一年に一度のバカ騒ぎ。
それが始まる前兆。
さすがにそのまっただ中にいる気はない。
お気に入りの屋根の上でごろりと横になる。
どうせここまで聞こえてくるだろう。


ざわつきが一瞬静まる。

     始まるか?


…Three,Two,One.


爆発する喜びの声。
花火の音。
歌声。


自分もこっそり心の中でつぶやく。


そこへ。
「タガーおにーちゃん!」


騒ぎに負けないくらい大きい声を出し、白い固まりが飛び込んできた。

「おーうバブ。どした?」

吃驚したように目を開き、耳をぴくぴくさせながらシラバブはタガーにしがみついた。
「きょうはニンゲンがいーっぱいいるの。そーで、おおわさぎなの。
 『はなび』がぱんぱんなってるのー。きょうはくぃすますなの?」

つい先日のクリスマスの日に、ニンゲンがパーティを開いて大騒ぎをしているのを思い出したらしいシラバブに、タガーは笑った。

「あぁ違う違う。今日は一年の始まる日だ」
「いちねん?」

春生まれのシラバブには初めての冬。
マンカスはそれぞれの季節は教えていても、それ以上は教えていないだろう。
タガーはニンゲンと一緒にいることもある。
だから知っていることだ。

「えーとな。『夏』覚えてるか?」
「うん、なつ。あつかったの」
シラバブはあの暑い日を思い出す。
でもそれはだいぶ前の話。もうあれからずいぶんたった。言葉も上手になった。
「あれから涼しくなってきて、葉っぱが落ちて、寒くなったよな」
神妙な顔をして頷くシラバブの頭をなでてタガーは続ける。
「今日が始まりだ。
 今からもーっと寒くなって、雪がいっぱい降る。寒い日が続く。
 でもな、ある日あったかくなるんだ。
 そんで、もーっとあったかくなるんだ。それが『春』」
「『はる』……バブがうまれたはる?」

「そう。おまえが生まれた春。
 春が過ぎると夏になる。そんで、涼しくなって、寒くなって、また冬がくる。
 そんで一回りだ。ニンゲンたちはそれを『一年』って言う」
「いちねん?」
「そう。一年。季節が巡って元に戻った。
 今日は『一年』の誕生日。新しい一年が始まる日だ」

シラバブの表情がぱぁっと明るくなる。

「たんじょうび!おめでとうのひだよね?」
「そう。おめでとうの日だ。
 だからあいつらはああやって、一年に一度お祝いをするんだ。
 『新しい年』に。おめでとうってな。
 そんで、これからの一年がいい一年でありますように、って祈るんだ」
「あたらしいとしにおめでとう?」

遠くでニンゲンたちの声がする。
一年に一度。
この時にしか使われないことばが交わされる。


ざわめきを聞きながらタガーはさっきのことばをつぶやく。
「……a happy new year.」


「なぁに?」


耳ざとく聞きつけたシラバブの頭をなでながら
「今日のためのご挨拶だ。こう言って祝うんだ」
とタガーは笑う。
その笑顔がとても幸せそうだったのでシラバブは少し考えてからタガーに訊いた。
「もういっかいいって。なんていったの?」

ひねくれ猫と呼ばれるタガーも、この真っ白い仔猫には素直に言えることもある。
自分では気づいていないかもしれない、他の猫たちにはめったに見せない優しい表情でシラバブをみて、タガーは言う。

「a happy new year,Shillababu」


シラバブは誰もが愛する笑顔をして、鈴の鳴るような声で言う。


「はっぴーにゅーいやー、たがーおにーちゃん!
 おにーちゃんのいちねんが、いいいちねんでありますように」


そして、立ち上がって喧噪に負けないくらいの声で叫んだ。


「はっぴーにゅーいやー!
 まんかすおにーちゃんに、みすとおにーちゃんに、
 でゅとろのみーさまに、じぇにーおばちゃんに……
 えと………」


にっこり笑って大きく冷たい空気を吸う。



「みーんなのいちねんが、いいいちねんでありますように!」